-2-

後方から殺気を感じ、咄嗟に右にかわす。
先ほどまでニクスが居た場所に、何者かが突っ込んできた。
ぎらつく光が見えた―おそらく刃物だろう―即座に持っていた杖でそれを叩き落とす。
短剣が落ちる際に立てた音で、会場の騒ぎに気を取られていたレインが襲撃に気付いた。
ヒュウガは殺気を感じた時点で動いていたらしく、既にニクスを襲った男を取り押さえている。
力無く床にへたり込んでいる男の様子からして、逃げないように気絶させたのだろう。

「ニクス!大丈夫か?!」
「ええ。しかし……スマートな方法ではありませんね、刺殺とは」

てっきり飲み物に毒を盛るのだと思っていたのですが…と、襲われた当事者だというのに平然と話すニクス。
彼は凶器となった短剣を素早く拾い、犯人の懐にあった鞘に刀身を戻すとそのままヒュウガに預けた。
大した動揺も見せずに速やかに対処するニクスを見たレインは、「…心配して損した気がするのは、俺だけなのか?」と呟いた。無理も無い。


短剣を受け取ったヒュウガの顔は、犯人に見覚えがあるのか少し驚いているように見える。
無表情に近い彼の、微妙な変化を見て取ったニクスは訊ねる。

「お知り合いですか?」
「……銀樹騎士だ。何度か教団本部で顔を見た事がある」
「なるほど。困りましたね………前途ある若者まで巻き込むとは」

こちらの騒ぎに気付いた他の招待客の注目を集めているのだ。
その中にはニクスの命を狙っているらしい、問題の人物も混じっている。
ニクスは人だかりの中から、その紳士を見つけた。
新政府樹立にあたって多大な貢献をした、広い人脈と確かな政治手腕を持つ、品の良い老紳士―――彼はニクスと目が合うと、ふいっと逸らす。

(……昔はよく一緒に、乗馬やカードゲームに興じたというのにね)

もっとも、彼は知らないけれど。
かつての友人が当時とほとんど変わらぬ姿で、今も生き続けているなどとは……
忘れかけていた胸の痛みが、蘇ってくる。
このままでは、ニクスは命を狙われ続ける事になるだろう。

「……仕方がありません」

ニクスがため息まじりに呟いたその時、ようやく警備の者が駆けつけてきた。

「これは一体、何が起こったのですか?!」
「それが…彼はずっと具合が悪かったらしく、いきなり倒れたのです」

澱み無いニクスの説明に、レインは内心舌を巻く。
彼は周囲の注目を集める前に凶器を拾ってヒュウガに預けた――その時点で、何とか丸く収めようと考えていたのだ。
ニクスの巧みな話術により、襲撃犯の男は彼の知人という事で周囲の人々に納得させる事が出来た。
その中でただ一人事情を知るだろう老紳士は、こちらを冷ややかに睨み付けたまま、何も言わない。
どうやらニクスの出方を伺っているらしく、これ以上何か仕掛けるつもりはないようだった。
ヒュウガは近くに居た係の者を呼ぶと、未だ気を失っている男の為に別室を用意させ、そこに男を運んで貰う。


急病で倒れた客が出た時の為にあらかじめ用意されていた客室は、豪華ではないが趣味の良い作りだ。
寝心地の良さそうなベッドに寝かされた男を見下ろし、ニクスは言った。

「ヒュウガ………あの人を、こちらの部屋に連れてきてくれますか?私は彼を看ていますから」
「それは構わないが……大丈夫か?」
「目が覚めたら混乱するかもしれませんけどね、話せば分かってくれる事を願うばかりですよ」

やれやれ…と苦笑しながら首を竦めるニクスに、レインは訊ねる。

「あの人って、例の財団を嫌ってる奴の事か?だったら俺は席を外した方がいいんじゃないか?」
「いいえ。あの人だけでなく、レイン君にもヒュウガにも、聴いて頂きたいのですよ………私の考えを」

静かに言葉を返す彼の表情は、先ほどと違って真剣そのものだ。

「あの人も事を荒立てたくないはずですし………この彼が私の命を狙う理由も、伺ってみたいのです」

大体察しはつきましたけどね…と微笑むニクスはやはり、どこか寂しそうだった。